わたしを捜していたのでしょう。車をとめに行っていた同僚が向こうで、手を挙げています。見渡す限り、営業車を見つけられないことからして、それなりに離れたところに停めたようです。...面倒、かけてしまったのかも知れませんね。
 まだまだ目覚めきれてはいない印象の地方都市の、それも郊外。土曜日の朝はいまだ地表近くに漂うだけで、立ち昇ってきていません。通り過ぎる車、行き交う人、それらも殆ど見かけない静かな静かな空白の時間。

 ただ、古歌紀行がしたいというだけでした。だから、ただそこに存在していた、というだけで訪ねてしまった泳宮伝承地。にも関わらず、また新しい答えを授けてくれた万葉歌。...また、訪ねる日は来るでしょうか。叶うならば、今度はちゃんと泳宮伝承地を訪ねる為に、この地へ来たい。今度こそ倭建ではなく、景行だけを思いながら。
 そんな思いを胸に、泳宮伝承地へ向けて自然と一礼していたわたしがいました。

        −・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−

 営業車に戻り、可児郷土歴史館へ向かいます。といって、こんな早朝では開館しているはずもなく、目当ては敷地内にあるという歌碑。ですが、こちらも先ほど訪ねていた泳宮史蹟にあった万葉歌碑のコピーのようですけれども。
 運転してくれている同僚は、何か訊きたげな視線を時折、わたしに投げかけます。彼とは結構、各地を一緒に出張しているわけで、その度にわたしがあっちの古墳に寄れないか、こっちの資料館を見学したいんだけど、と言い出しては結局、仕事のスケジュールから諦めてきていることを知っていますから、何か思うものでもあるのでしょうか。

 「...何か訊きたそうだよね」
「ああ、大したことじゃないよ」
「いいよ、訊いても」
「いやいや、ただ史跡へ行って、何を考えているのかなあ、と思った。さっきの場所で、何となく声が掛け辛かったから」
 何を考えているのか。...また随分とストレートな問いに、少々面食らってしまいました。そんなに周囲を拒絶しているような空気、醸しだしていたんでしょうか。
 何を、どう、伝えればいいのでしょう。熊野から始まったわたしの古歌紀行。亡母を思い、亡夫を想い、自らを思い、家族を、友人を、知人を、世界を、そして過去と未来と今を。様々にただ感じては思うだけ。端的に言ってしまうのならば、そうとしか言いようもない取り止めのないことばかりを、どうやって。

 わたしが話したのは、2つのことでした。古歌の舞台を探していて、でもそれらしき碑も看板もない時。自分が立っている場所をその古歌の舞台とするか、しないか、できないか、ということ。それから往時は見えていたであろう景色が1300年を経てすっかり見えなくなってしまった場所に立って、それでも見えないという形で、確かにそこに見えていた、と思うんだということ。
 当たり前ですが、彼はきょとんとした顔で、
「ごめん、よく判らなかった」
 と洩らします。
「うん、判らなくていいんだよ。だってわたしも、よく判っていないから。ただ、それをちゃんと判りたいから、続けているんだと思う」
「...ふうん、そうなんだ」

 在るということと、無いということ。唯物論的に、在るものはそこに在るから在るとして、ならばそれを在る、と認識できることと、認識できないこと。そしてその境界。ならばそもそも、在るというのは何なのか。...別に、何も大上段に構えて禅問答をしたいわけではないんですけれどね。ただ、すでに6年も続けてきている古歌紀行だけに、そういう領域にも踏み込み始めている、というだけなのでしょうけれども。
 きっと、彼にはものすごくどうでもいいことに煩悶しているように映っているのだろうな、と思っていました。なので、そのひと言には息を呑みました。
「よく判らないけど、すごく大切な時間なんだね」
 と。

 そもそも、伝わるって何なのでしょうか。事務的に情報を伝達するだけならば、そう難しいことではないのかもしれませんが、問題はその前提となる個々人の認識には大なり小なり格差があるわけで、その格差を埋めるべく尽くすのが言葉、ということになってしまうのでしょうけれども。
 いや、自己と他者の間に横たわる認識格差よりももっと手前に、事実と自己の認識の間に横たわっている格差もまた、厚過ぎる壁。それを飛び越えるために話して、書いて、詠んで。
「...これが境界」
 思っても見ないフレーズを呟いている自分に愕然としました。そう、境界なのです。

 自身にとって謡うこととは、書くこととは。そう問われたならば、必ず答えてきたのが
「越境」
 でした。この世界に存在する数え切れないほどの境界。それらを意識せずにはいられなかったからこそ、そう思わずにいられなかったのですが、ならばわたしが越えたい境界とは何なのか。...果たして今日まで、これについてじっくりと考えてきたことがあったでしょうか。いや、それなりにはもちろんあったのですが、でも...。

 境界。それはわたしにとって最初から、そこに、横たわっているものでした。自己と他者、概念と概念、定義と定義。それらすべての狭間にあって、なお双方を双方として存在・成立させてしまうもの。少なくともそれが、わたしのずっと認識してきた境界です。ですが、その境界を生み出しているのは何なのか、誰なのか。そう考えたことなど、ついぞ今日までなかったのです。
 かつて唯物論と形而上学について、かじった時期があります。まだまだ幼くて唯物論も判りませんでしたが、それ以上に形而上学については不明でした。何故、思うからそこに存在する、という思考になるのか、まったく理解できなかったんですね。ですから、逆を言えばそれを否定するものでもある唯物論は、もっと判っていなかった、ということになるのでしょう、恐らくは。

 ...今ならば、判ります。確かに思うから存在するものはこの世界にあります。そして同時に、存在しているからこそ、それを思えるのも世界の定理。先にあるものは確かに存在です。但し、その存在がどう認識するかで千変万化ともなる概念。そして、そんなあやふやな概念によってなお象られ、輪郭を形成されてしまう存在。物体と概念が、それでも負い続ける条理にして摂理がそこにあります。
 わたしが常に意識してきた境界。それは、認識の境界。すなわちそれを是とするのか、非とするのか。大きいとするのか、小さいとするのか。高いのか、低いのか。赦されるのか、赦してはならないのか。足りているのか、足りないのか。そして、幸せなのか、不幸せなのか。

 「...ただね、ただわたしは、知りたいんだと思う」
「何を」
「わたしが、誰なのか。...うん、そうだよ。わたしはただ、わたしが誰か知りたいんだと思う」
 再びきょとん、としてしまった彼がいました。そして
「ふうん、そうなんだ」
 と、それ以上は何も言わずフロンドガラスの向こうに意識を持っていってくれました。まるで、自分があれこれ言ったり訊いたりするのは無粋だから、とでもいうように、です。
 そう、...わたしはただ、ただ、自分が誰なのが知りたいのだし、だからこそ、それを探る為に自身をこの世界に固着したかったのでしょう。数々の越えられる境界と越えられない境界。それらによって浮き彫りになってゆく自身の輪郭を確かめたかった、いや。確かめたいのだ、と。

 相反するものに裂かれながらも、完全に裂かれることも叶わず、そんな自身を持て余し続けました。でも、相反するものはそのまま。無理に1つにする必要などない、という扉が開いてからは、赦せないものを孕んでいてもまた、赦せるのだ、と。いや、むしろ赦さなければならない、と。震える手で2番目の扉の鍵を外しました。そして多分、いま3番目の扉が開こうとしています。
 果たして、開け続けた扉の先には何があるのでしょうね。それと開け続けたら、記紀や万葉はわたしにはまた答えを授けてくれるでしょうか。これまでのように、これから先も。

 可児郷土歴史館。後からインターネットで確認した限り、周辺古墳からの出土品も展示しているらしく、見学できたら良かったのに、と感じます。ですが時刻は未だ7時前。展示物はおろか、敷地内へ入れたことすら幸運なのでしょうね。たまたま、敷地入り口に門を構えていない施設だったので。
 車を降りて、件の万葉歌碑のコピーの前に立ちました。泳宮史蹟の歌碑はそれなりに年数が経っていた所為か碑の文字をはっきり読み取ることは出来ませんでしたが、ここのならばそれも叶います。それからあれ、と思ったのは偶然なのかコピーの歌碑が池に囲まれた場所に建っていること。確認はできていませんが、もしかすると池ごとコピーしたものなのかも知れません。

 蛇足になりますけれども、その池に泳いでいた鯉。はい、弟媛が自分の目で見たくてつい、ふらふらと泳宮まで見に来てしまった鯉ですが、どうなんでしょうね。簡単に調べた範囲ですと元々琵琶湖などには日本固有の種が生息していたようですし、同時に大陸からも史前渡来している別種もあるらしく、果たして景行の育てたのはいずれだったのか。それと、個人的には錦鯉ならいざしらず、わざわざ弟媛が自らの禁を犯しても見てみたいと思える鯉ってどんなもの、という疑問はあります。...大きかったのでしょうか。
 ですが、仮に郷土歴史館の池が、泳宮伝承地の池を模しているのだとしたら、そうそう大きな鯉が悠然と泳ぐのは、厳しいんじゃないから、などと取りとめなく考えもしましたが。小振りな池だったんです。

 すごく大切な時間。...確かにそう言われるまでもなく、古歌紀行は大切な時間。ですが、それでも生活という日常の中に、それを持ち込むことは難しく、しかもこのあまり宜しくない巡り合わせの中で、果たして次に各地を周れるのは、いつになるのでしょうか。わたしはまた、扉を開けられるでしょうか。
 生きていれば、良い時もあるし悪い時もあります。当たり前のことですが、それを1300年を経てもなお、教え続けてくれている人々がいます。才豊かであってもその豊かな才が必ずしも人を幸福にはしないことを、示し続けてくれている人々もいますし、その逆も然り。すべて巡り合わせ。そう、本当にすべて巡り合わせの中で、万物は寄せては引いて、また寄せて。

 訪問地に寺社仏閣や遥拝所を一切含まない古歌紀行、というのは初めてで恒例の祈りは、はてどこで唱えればよいのやら。...いや違いますね。そもそも、祈りとは寺社仏閣があるから祈る、というものではないのでしょう。ならば逆を言うと祈りとは、何処ででも、いつでも、祈れるとなります。もちろん、ここでも。

 天つみづ降るはあしともうれしとも
 天つ風吹き祝く日あり
 かつ嘆く日もなほしあり
 いかに幸はひ欲りせども
 たれ幸はひのいかなるか
 知るか
 知れるか
 ひと知らに
 間なく時じく欲りせども
 欲れど知らざるものばかり
 知らざるてふを
 知らずゐて
 なほし祈ひ祷むうつしおみ
 うつしこころのうつたへに
 うづなふもののうつなしか
 うつなしくなきものなるか
 あれは問ひ問ふ
 なほあれに
 問はまくほしく
 なほし問ひ問ふ
 
 ももきね美濃 幸はひは知らずともみなひと欲るははしかかなしか  遼川るか
 (於:可児郷土歴史館敷地内)


 小さな池の傍から立ち上がります。そして同僚に声を掛けました。
「そろそろ行こうか」
 先ほどまでとは替わってすっかり仕事の顔になった彼が、それに頷きます。きっとわたしもまた、すでに仕事の顔になっているのでしょう。泳宮伝承地。果たして再訪の日はやって来るでしょうか。いや、それ以上にまたこうしてわずかな間でもよいから、古歌紀行ができるのでしょうか。
「...大丈夫だよ、大丈夫。きっとまた来るよ。だってわたしは生きているんだから」
 雲間から挿し込みはじめた薄日に、まっすぐ顔を上げます。

     


        −・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−


 本稿を書くにあたり、参考にさせて戴いた文献・Webサイトを以下に記します。

・万葉集関連
 「万葉集検索データベース・ソフト」 (山口大学)
 「萬葉集」(1)〜(4) 高木市之助ほか 校注 (岩波日本古典文学大系)
 「新編国歌大観準拠 万葉集」上・下 伊藤博 校注 (角川文庫)
 「新訓 万葉集」上・下 佐々木信綱 編 (岩波書店)
 「万葉集」上・中・下 桜井満 訳注 (旺文社文庫)
 「万葉集ハンドブック」 多田一臣 編 (三省堂)
 「万葉ことば辞典」 青木生子 橋本達雄 監修 (大和書房)
 「万葉集地名歌総覧」 樋口和也 (近代文芸社)
 「万葉集辞典」 中西進 著 (講談社)
 「初期万葉歌の史的背景」 菅野雅雄 著 (和泉書院)
 「古代和歌と祝祭」 森朝男 著 (有精堂出版)
 「万葉集の民俗学」 桜井満 監修 (桜楓社)
 「万葉集のある暮らし」 澤柳友子 (明石書店)
 「万葉の植物 カラーブックス」 松田修(保育社)
 「万葉集大成」(1)〜(20) (平凡社)

・古事記
 「古事記/上代歌謡」 (小学館日本古典文学全集)
 「新訂 古事記」 武田祐吉 訳注 (角川文庫)
 「古事記」 倉野憲司 校注(岩波文庫)

・日本書紀
 「日本書紀」上・下 坂本太郎ほか 校注(岩波日本古典文学大系)
 「日本書紀」上・下 宇治谷孟 校註 (講談社学術文庫)
 「日本書紀」(1)〜(5) 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注(岩波文庫)

・出雲国風土記
 「風土記」 秋本吉郎 校注 (岩波日本古典文学大系)
 「風土記を読む」 中村啓信 谷口雅博 飯泉健司 編(おうふう)
 「風土記」 吉野裕 訳(東洋文庫)
 「出雲国風土記」 荻原千鶴(講談社学術文庫)
 「風土記探訪事典」 中村啓信 谷口雅博 飯泉健司 著 大島敏史 写真(東京堂出版)

・播磨国風土記
 「風土記」 秋本吉郎 校注 (岩波日本古典文学大系)
 「風土記を読む」 中村啓信 谷口雅博 飯泉健司 編(おうふう)
 「風土記」 吉野裕 訳(東洋文庫)
 「播磨国風土記」 沖森卓也 佐藤信 矢島泉(山川出版社)
 「風土記探訪事典」 中村啓信 谷口雅博 飯泉健司 著 大島敏史 写真(東京堂出版)

・先代旧事本紀
 「先代旧事本紀 訓註」 大野七三 編著(批評社)
 「先代旧事本紀の研究 校本の部」 鎌田 純一(吉川弘文館)

・古語拾遺
 「古語拾遺」 西宮一民 校注(岩波文庫)
 「『古語拾遺』を読む」 青木紀元 監修(右分書院)

・延喜式
 「延喜式」 国史大系編修会(吉川弘文館/国史大系十九〜二十一)
 「日本古典全集 延喜式」(1)〜(4) 
           與謝野寛・正宗敦夫・與謝野晶子 編纂(現代思想社)
 「延喜式」 虎尾俊哉 著 (吉川弘文館)
 「延喜式祝詞教本」 (神社新報社)

・古代歌謡
 「記紀歌謡集」 武田祐吉 校註 (岩波文庫)
 「古代歌謡」 土橋寛・小西甚一 校注(岩波日本文学大系)
 「上代歌謡」 高木市之助 校註 (朝日新聞日本古典選)
 「日本の歌謡」 真鍋昌弘・宮岡薫・永池健二・小野恭靖 編(双文社出版)

・上代語
 「古代の声 うた・踊り・ことば・神話」 西郷信綱(朝日選書)

・和歌全般
 「新編国歌大観 CDーROM」 監修 新編国歌大観編集委員会(角川学芸出版)
 「時代統合情報システム」 ttp://tois.nichibun.ac.jp/

・古代和歌
 「古代和歌史研究」 伊藤博(塙書房)
 「古代和歌の発生ー歌の呪性と様式ー」 古橋信孝(東京大学出版会)
 「歌経標式ー注釈と研究ー」 沖森卓也 佐藤信 平沢竜介 矢島泉(桜楓社)

・美濃国全般
 「万葉の歌 人と風土」(14)中部・関東北部・東北 渡部和雄 著(保育社)
 「探訪神々のふる里」(8) 東海・甲信越 (小学館)

・尾張国全般
 「万葉の歌 人と風土」(12)東海 加藤静雄 著(保育社)
 「探訪神々のふる里」(8) 東海・甲信越 (小学館)

・熱田太神宮縁起
 「群書類従 第2輯 神祇部」 塙保己一 編(続群書類従完成会)

・枕詞全般
 「枕詞と古代地名」 勝村公 著(批評社)

・古代呪術関連
 「日本古代呪術」 吉野裕子 著(大和書房)

・古代婚姻関連
 「婚姻の民俗」 江守五夫(吉川弘文館)
 「物語にみる婚姻と女性」 江守五夫(日本エディタースクール出版部)

・辞書類
 「時代別国語大辞典 上代編」 上代語辞典編修委員会編(三省堂)
 「古語大事典」 中田祝夫 和田利政 北原保雄 編(小学館)

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 を各位、お願い申し上げます。

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 2007年5月23日         尾張国熱田神宮参拝
 2007年11月12日         尾張国再訪
 2009年4月18日          美濃国訪問
 2009年11月29、2010年1月3、5、7日 執筆
 2010年1月10日          遼川るか公式サイト瓊音にて掲載開始

   

                                   遼川るか 拝







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