後記

 過去、故地を訪問してから脱稿までに最も時間がかかってしまったのは「あきづしまやまとゆ・弐」です。確かあの時は、パソコンのハードディスク・クラッシュで、書き溜めていた後半が、完全に失われるというアクシデントと、そこから再度、書き始めるまでに要した時間の結果だった、と。...その間に、足柄・竹生島・甲斐などを書き上げてしまっていますからね。期間にして、3年半でした。
 ですが、それよりもずっと長く掛かってしまったのが本作「しながとりあはゆ」です。最初の安房訪問が2009年の7月、そしてこの後記を書いているのは、20014年も暮れようとしている今日です。実に5年も眠らせてしまい、本当に安房国には申し訳ないことをしてしまった、と思っています。

 「あきづしまやまとゆ・弐」はそれでも、他のものを書いていたのに対し、本作は眠らせてしまっていた理由が全く異なります。掌編としての「ももきねみのゆ」こそは書きあげましたが、それとてもう4年も前のこと。ならばこの間は何をしていたのか、と言えば
「何もしていなかった」
 としか答えられません。本当に、古歌紀行文どころか、日々の雑詠すらも滞ってしまい、歌から、旅から、上代文学から、自身が遠ざかってゆくことへのかすかな恐怖と、たくさんのもどかしさばかりが募っていった5年間でした。
 それだけに、本作を脱稿できた今、嬉しさよりも安堵の気持ちが、ただただ自身の中に溢れています。

 拙宅のある神奈川に近いからでしょうか。実は2009年7月よりもさらに前。作中でも少し触れていますが、沓見の莫越山神社だけは、訪ねています。それが、確かめるに2006年の9月のことですか。...今となってはもはや、自身の日記と個々の画像の撮影年月日だけが頼り、という状態なのですけれども。
 「なつそひくうなかみがたゆ」を脱稿した勢いで、次は安房国を。そんな、シンプルな動機から始めて、足掛け8年にも渡って、訪ねては去り、去っては訪ねた、しながとりあは。けれども訪ねるたびに、それまでには見えなかった、新しい表情を見せ続けてくれたこの国の懐の深さを、本作を書きながら何度も噛み締めていました。

 作中では扱いませんでしたが、故地としてではなく、純粋に観光と言いますか、歌材を求めるという意味での寄り道も、また多かったですね。野島崎灯台と、房総半島最南端の碑、それから千葉県指定の天然記念物・屏風岩などなど。
 屏風岩周辺では、プラスチックのボウルを片手に海苔、でしょうか。海藻類を採っていた地元の方の姿がとても印象的でした。...可笑しいのがその屏風岩周辺の画像でして、何故かそれらを写したものばかり。肝心の屏風岩そのものが写っていません。

 不思議なことに、自身にとって思い入れが一番ある訪問地は、浮島と洲崎神社のはずなのに、訪問回数では沓見の莫越山神社が、4度の安房訪問で4回。つまり毎回訪ねていまして、続いて洲崎神社と浮島が3回ずつ。2回訪ねたのは、安房神社と宮下の莫越山神社だったはずです。
 ...いや、現実的なことを言いますと、書きながら足りない画像に次々気づいてしまう、という台所事情でして。都合4度目の沓見の莫越山神社訪問時に関しては、その周辺の風車を撮りたかった、というのが実際のお話。最後の安房訪問は、後拾遺にも書きましたけれど安房国の空気をもう一度感じることと、写真を撮ることだけが目的だったものですから。


 なので、そこでまさか主基斎田址と国分寺跡に辿り着けるとは...。あの時、どれだけ思ったことでしょうか。
「ありがとう。ありがとう、しながとり安房。待っていてくれて、本当にありがとう...」
 と。
 これだけの時間が経過してしまうと、訪問時とは変わってしまっているものもあります。奥州白河藩主老中・松平定信による洲崎神社の扁額は、架け替えられたようで、現在は藤平某という方の作になっていました。安房神社で、布良崎神社の場所を教えていただいたコミニティ・センターのような施設は現在、お茶も飲める休憩所です。あるいは、わたしが知らないだけで、それぞれへの最後の訪問時とでは、他にも変わったものが、きっともっとあることでしょう。
 それも含めて、作中の時制はあくまでも訪問時のもの、として統一していますこと、ここにお断りいたします。

 これだけの時間が流れて、安房同様に産まれることを待っていてくれる土地が、旅が、もう1つ、...いや。厳密には2つなのですが、わたしの中にあります。暮れてゆく2014年。叶うのならば、来るべき2015年には、そちらの旅も書き上げられますように。
 そして、すべての皆様にとって2015年が幸多きものとなりますことを、心から願いつつ筆を擱かせていただきます。

 本当にありがとうございました。


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 本稿を書くにあたり、参考にさせて戴いた文献・Webサイトを以下に記します。

・万葉集関連
 「万葉集検索データベース・ソフト」 (山口大学)
 「萬葉集」(1)〜(4) 高木市之助ほか 校注 (岩波日本古典文学大系)
 「新編国歌大観準拠 万葉集」上・下 伊藤博 校注 (角川文庫)
 「新訓 万葉集」上・下 佐々木信綱 編 (岩波書店)
 「万葉集」上・中・下 桜井満 訳注 (旺文社文庫)
 「万葉集ハンドブック」 多田一臣 編 (三省堂)
 「万葉ことば辞典」 青木生子 橋本達雄 監修 (大和書房)
 「万葉集地名歌総覧」 樋口和也 (近代文芸社)
 「万葉集辞典」 中西進 著 (講談社)
 「初期万葉歌の史的背景」 菅野雅雄 著 (和泉書院)
 「古代和歌と祝祭」 森朝男 著 (有精堂出版)
 「万葉集の民俗学」 桜井満 監修 (桜楓社)
 「万葉集のある暮らし」 澤柳友子 (明石書店)
 「万葉の植物 カラーブックス」 松田修 (保育社)
 「万葉集大成」(1)〜(20)(平凡社)

・古事記
 「古事記/上代歌謡」 (小学館日本古典文学全集)
 「新訂 古事記」 武田祐吉 訳注 (角川文庫)
 「古事記」 倉野憲司 校注(岩波文庫)

・日本書紀
 「日本書紀」上・下 坂本太郎ほか 校注 (岩波日本古典文学大系)
 「日本書紀」上・下 宇治谷孟 校註 (講談社学術文庫)
 「日本書紀」(1)〜(5) 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注 (岩波文庫)

・続日本紀
 「続日本紀 蓬左文庫本」(1)〜(5) (八木書店)
 「続日本紀」青木和夫ほか 校注 (岩波新日本古典文学体系)
 「続日本紀」上・中・下 宇治谷孟 校註 (講談社学術文庫)
 「続日本紀」(1)〜(4) 直木孝次郎 他 訳注 平凡社 (東洋文庫)

・日本後紀
 「国史大系 日本後紀 新訂増補 普及版」 黒板勝美 国史大系編修会 (吉川弘文館)
 「日本後紀」 上・中・下 森田悌 訳注 (講談社学術文庫)

・続日本後紀
 「国史大系 続日本後紀 新訂増補 普及版」 前・後 黒板勝美 国史大系編修会 (吉川弘文館)
 「日本後紀」 上・下 森田悌 訳注 (講談社学術文庫)

・日本文徳天皇実録
 「国史大系 日本文徳天皇実録 新訂増補 普及版」 黒板勝美 国史大系編修会 (吉川弘文館)

・日本三代実録
 「国史大系 日本三代実録 新訂増補 普及版」 前・後
                   黒板勝美 国史大系編修会 (吉川弘文館) 

・常陸国風土記
 「風土記」 秋本吉郎 校注 (岩波日本古典文学大系)
 「風土記を読む」 中村啓信 谷口雅博 飯泉健司 編 (おうふう)
 「風土記」 吉野裕 訳 (東洋文庫)
 「常陸国風土記」 全約注 秋元吉徳 (講談社学術文庫)

・伊勢国風土記逸文
 「風土記」 秋本吉郎 校注 (岩波日本古典文学大系)
 「風土記を読む」 中村啓信 谷口雅博 飯泉健司 編 (おうふう)
 「風土記」 吉野裕 訳 (東洋文庫)

・先代旧事本紀
 「先代旧事本紀 訓註」大野七三 編著 (批評社)
 「先代旧事本紀の研究 校本の部」鎌田 純一 (吉川弘文館)

・古語拾遺
 「古語拾遺」西宮一民 校注 (岩波文庫)
 「『古語拾遺』を読む」青木紀元 監修 (右分書院)

・高橋氏文
 「高橋氏文注釈」 上代文献を読む会 編 (翰林書房)

・新撰姓氏録
 「新撰姓氏録の研究」 佐伯有清 (吉川弘文館)

・和名類聚抄
 「和名類聚抄の文献学的研究」 林忠鵬 (勉誠出版)

・系図関連
 「古代豪族系図集覧」 近藤敏喬 編 (東京堂出版)

・延喜式
 「延喜式」国史大系編修会 (吉川弘文館/国史大系十九〜二十一)
 「日本古典全集 延喜式」(1)〜(4) 與謝野寛・正宗敦夫・與謝野晶子編纂 (現代思想社)
 「延喜式」虎尾俊哉 著 (吉川弘文館)
 「延喜式祝詞教本」(神社新報社)

・養老令など律令関連
 「註解養老令」 会田範治 著 (有信堂)
 「律令制と古代社会」 竹内理三先生喜寿記念論文集刊行会 (東京堂出版)

・神社全般
 「平成『祭』データ/全国神社祭祀総合調査 CDーROM」 神社本庁 (神社本庁)

・古代歌謡
 「記紀歌謡集」 武田祐吉 校註 (岩波文庫)
 「古代歌謡」 土橋寛・小西甚一 校注 (岩波日本文学大系)
 「上代歌謡」 高木市之助 校註 (朝日新聞日本古典選)
 「日本の歌謡」 真鍋昌弘・宮岡薫・永池健二・小野恭靖 編 (双文社出版)
 「古代和歌史研究」伊藤博 (塙書房)
 「古代和歌の発生ー歌の呪性と様式ー」古橋信孝 (東京大学出版会)
 「歌経標式ー注釈と研究ー」沖森卓也 佐藤信 平沢竜介 矢島泉 (桜楓社)

・上代語
 「古代の声 うた・踊り・ことば・神話」 西郷信綱 (朝日選書)

・和歌全般
 「新編国歌大観 CDーROM」 監修 新編国歌大観編集委員会 (角川学芸出版)
 「時代統合情報システム」 ttp://tois.nichibun.ac.jp/

・安房国全般
 「房総の万葉」 池田重 編著 (新典社)
 「房総の古社」 菱沼勇・梅田義彦 著 (有峰書店)
 「古代房総文化の謎」 石井則孝 著 (新人物往来社)
 「千葉県の歴史」 小笠原長和・川村優 著 (山川出版社)

・安房神社
 「安房神社HP」 ttp://www1.ocn.ne.jp/~awajinja/index.htm

・洲崎神社
 「洲崎神社HP」 ttp://www.sunosaki.info/page8.php

・忌部氏全般
 「神紋と社家の姓氏」 ttp://www.harimaya.com/o_kamon1/syake/sh_south.html
 「おとくに」 ttp://www17.ocn.ne.jp/~kanada/index.html

・丸子連
 「古樹紀之房間」 ttp://wwr2.ucom.ne.jp/hetoyc15/index.html

・洲宮神社縁起関連
 「南房総データベース」 ttp://furusato.mbit.or.jp/
 「房総の古社」 菱沼勇・梅田義彦 著 (有峰書店)

・古東海道全般
 「神奈川の東海道」 上・下 神奈川東海道ルネッサンス推進協議会 (神奈川新聞社)

・月の沙漠関連
 「日本の唱歌」 金田一春彦 安西愛子 (講談社)

・ヒルムシロ/スベリヒユ
 「ポケット図鑑 日本の野草・雑草」 日野東 平野隆久 (成美堂出版)
 「岡山理科大学 生物地球学部 生物地球学科 植物生態研究室HP」
                      ttp://had0.big.ous.ac.jp/index.html

・カイツブリ
 「原色日本野鳥生態図鑑―水鳥編」 中村登流 中村雅彦 著 (保育社)
 「Suntory HP」 ttp://www.suntory.co.jp/?ke=hd
 「Nature Photo Gallery」 ttp://www3.famille.ne.jp/~ochi/index.html

・枕詞全般
 「枕詞と古代地名」 勝村公 著 (批評社)

・辞書類
 「時代別国語大辞典 上代編」 上代語辞典編修委員会編 (三省堂)
 「古語大事典」 中田祝夫 和田利政 北原保雄 編 (小学館)

・地図
 「Yahoo Japan 地図」 ttp://map.yahoo.co.jp/

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 2006年9月13日          安房国沓見の莫越山神社・上総国玉前神社参拝
 2009年7月19日          安房国訪問
 2010年1月16日           安房国再訪
 2010年1月23、29日         執筆開始のち中断
 2013年11月16日          安房国再々訪
 2013年11月17、12月6日       執筆再開のち中断
 2014年8月13、12月15、20〜23日   執筆再々開
 2014年12月25日           遼川るか公式サイト瓊音にて掲載開始


                                   遼川るか 拝




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